シーン1-8 "ブラッドバス"
*警告*このブログには自殺、流血、薬物、飲酒、精神病治療のシーンが含まれます。自己の責任で対処できる方、小説と現実の区別がつく方のみ閲覧して下さい。
洗濯機の前でぼんやり立っていた。
脱水が終わった洗濯物を干さなければ。そう思っているのに体が動かない。家具にはうっすらとホコリが溜まり、部屋は乱雑だった。
『ホコリで人は死なないよ』今日から出勤を再開した祐輔の笑顔を思い出す。
だけど以前の私はこんなではなかった。仕事と家事を両立、身なりにも気を使うキチンとした人間だった。ふと、自分の指先に目をやる。手入れされていない爪は艶がない。ネイルサロンで華やかに作られた指先なんて、遠い遠い昔のことみたいに思えた。
なんとか体を動かし洗濯を再開する。広々としたバルコニーにでると観葉植物が枯れかかっているのが目に入った。アイビーの蔦が茶色く絡まり、触れるとカサカサと葉が落ちた。他のプランターを見ないようにしてバスタオルを広げる。腕が鉛のように重い。こんな単純な作業にも恐ろしいほどの疲労を覚えた。
私はどうなってしまったのだろう?
絶望が再び全身を覆う。耐えきれずバルコニーの塀に体をもたれさせた。空が青い。日差しが目をさす。幼い子供の声が聞こえる。. . . . . . ああ、幼稚園の送迎バスに乗り込む子供達の声なんだ。
『今は駄目だ。今は駄目だ。今は. . . . . . . . . 』
心の中で呪文のように唱える言葉。今は駄目?
『そうだ。子供達が居なくなってから。歩行者が居なくなってから。誰も居ない時』
誰も居ない時?
『失敗したくない。もう失敗したくないから』
失敗?失敗、したくないよ。
『救急車を呼ばれない時じゃないとダメだ』
救急車?先週も乗ったらしいね?
『手当てされた困る。もう失敗したくないから』
ああ、そうか私は、失敗してばかりだった。
いつの間にか地上22階の高さから、食い入るように眼下のアスファルトを見つめていた。クラクラする。目眩がする。このまま落ちても仕方ないほどフラフラじゃない?ね?事故みたいに. . . . . . 恐怖も不安も追いかけてこない場所に行きたい。ここに居たくない。逃げ出したい。
濡れた洗濯物を放り出したまま私は部屋に駆け込む。とっさにクッションを掴むと、書棚と壁の狭いスペース潜りこんだ。小さく小さく丸まった私はわずかな安定感を求め壁に縋り付く。流れっぱなしの涙がポロポロとめどなく溢れ頬を伝いTシャツの胸を染めた。
祐輔の携帯着信が聞こえるまで動けなかった。電話の声がおかしいと言う彼に「眠っていた」と答えた。「ゴメン起こして!お昼寝続けて。愛してるよ瑠璃」携帯が切れる。祐輔の優しい声も私の心に響かない。
頓服用に処方された安定剤をウィスキーで飲んだ。筋弛緩効果と催眠効果を持つかなり強い薬だ。これで少しは眠れるかな?とにかく現実から離れたい。
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