小説〜辿り着いたは精神病院?

資産家のお嬢様で良家の奥様。仕事良い夫、多くを持てる彼女は死の願望に取り憑かれていた。前を向き強く生きていた瞳はもう暗闇しか映さない。警告:小説と現実の区別がつかない人は絶対読まないで下さい。

シーン4-13 "ホテルカリフォニア"


*警告*このブログには自殺、流血、薬物、飲酒、精神病治療のシーンが含まれます。自己の責任で対処できる方、小説と現実の区別がつく方のみ閲覧して下さい。







「椙山さん」
柔らかく呼ばれ視線を向けた。

「お茶、一本いかがですか?」曽根さんはちょっと困った顔で笑っていた。目の前の丸テーブルはペットボトルで一杯だ。
「娘がねぇ、二箱も持って来て。体に良いから皆さんでどうぞって言うんだよ」

同席しているのはタヤマ自動車の鵜崎さんと五条さん、私より少々年上の主婦江尻さん。いつものメンバーだった。
「ヘルシア。好きっすか?」鵜崎さんは笑いながら苦虫を潰すという器用な表情をして見せる。
「鵜崎君。苦いなら無理して飲まない方が良いんじゃない?」目尻に皺を寄せ、曽根さんは言った。「なんだかね、ピーマン嫌いの子供みたいだねぇ」
「え?自分、そんな事無いっすよ。コレ体脂肪減らすんですよね?それに以外と美味しいですよ」ゴクゴクと飲むと、大きな体に少し余分に付いた肉がぷるぷる震えた。まるで好きな先生に褒めてもらいたい児童のみたいな姿が微笑ましい。

窓際のテーブルで別の患者の相手をしていた看護婦さんが堪えきれずクスクスと漏らす。穏やかな笑いは、午後の陽を浴びた明るいロビーに広がっていった。
私はありがたく黒烏龍茶を一つ貰うと、その場を離れた。


中庭に降りる。たった三階の距離なのに相変わらずエレベーターを使った。
呼吸は荒く鼓動も早い。息切れ、とは違う症状に、軽い立ちくらみを起こす。
私は転ばないようそっと壁に背をもたれさせ、なるべく自然に見えるようにズルズルとコンクリーの上に腰を下ろした。

私の降りて来た二病棟の両隣に、一病棟と外来病棟は建っている。中庭をコの字に挟む形だ。何も置かれていない庭の向こうは、自然の木々が揺れゆるゆると小高い丘に続いていた。
木陰で地面にペタリと腰を下ろし何人かで談笑している姿も見えた。

私は目眩をやり過ごすと、病院正面の駐車場スペースに移動した。
昼までの喧噪が嘘のようにガランとした場所で、車止めのコンクリにそっと座る。残暑の厳しい午後、患者は滅多にここを訪れない。遠くにキラキラと眩いのは三河湾だ。さわさわとした潮風も体を冷やには足りない。遮る物の無い日差しはあまりにも容赦なかった。

. . . . . . . . . そう、さっきから頭がクラクラするのは日差しのせいに違いない。

何かに憑かれたように敷地をグルグル回っているいつもの老人の姿も、今日は見つからなかった。

メールの受信をした。
祐輔。祐輔。祐輔。金剛。祐輔。金剛。祐輔. . . . . . 『社食の定食が値上がるって噂 Boo~』『知多ラーメンの極ミソを食べた』『漫喫で同中の奴に会った』『CoCo壱のスープカレーってどうよ?俺的にはOK』
何コレ?食べ物の話ばっかり、似た者バカって言うか. . . . . . あ、琥珀のメールもある。
『今週ちょい立ち寄るから、要るものあればメールしろよ』
. . . . . . 高速走って一時間の距離がちょいですって?見舞い来るなって言っておいたのに. . . 尾大病院を無理矢理退院しちゃったこと気にしてるのかな?きっとそうだ。それで私の様子と病棟の雰囲気を見に来るつもりなんだ。琥珀の場合、観察?監査?するって言葉がピッタリだと思うけど。

. . . . . . . . .忙しいくせに、 私の事なんて放っておけばよいのに。視界がぼんやりと滲み携帯のディスプレイに焦点が合わなくなる。

「あ、黒曜. . . ?」携帯を持つ手に力が入る。黒曜からメールが来るなんて本当に珍しい。同じ市内に住んでいても年に数度しか顔を合わせず、時々出す私からのメールにもまず返信を寄越さない。

『高倉不動産、俺の委任にしといた。ハンコ押しもいらん。領収書全部出せ。月遅れの分も。保険の請求しとく』
「何コレ. . . 」思わず吹き出す。
想像を働かせなくとも黒曜の言いたい事は解った。
『高倉不動産の面倒は高倉建設の社長である自分が兼任で見てやる。雇われ社長の留璃子ネエは”ハンコ押し”さえしなくとも良い。会社の経費にできるものをちゃんと請求しろ。遅れても構わないから。入院治療費の保険請求は自分が変わりにやって置く』つまり、一切の手間を引き受けた上で、金銭的な心配もいらないと言ってくれているのだ。
「ばか黒曜. . . 私のことより自分の心配すれば良いのに」
黒曜は、高倉家四姉弟の三番目で私の三才下の弟だ。誰も継がない家業を一人で背負ってくれている。名前だけの役員で報酬だけ受け取っている私達と違い、支配的なパパの下で今も苦労していることだろう。頑張り屋で不器用な性格の黒曜。でかい図体で唇を固くひき結び、いつもじっと我慢する姿。


パパは息子達にそれぞれ武道を習う事を強要した。琥珀は空手。黒曜は剣道。末っ子の金剛は柔道の道場に送り込んだ。
あれは私が高校生で、黒曜が中学生になった年のことだった。黒曜は見事、昇段試験で二段を取得した。剣道の腕前よりも、そのひたむきな努力に報いてやろうとカラオケでお祝いをする約束をしていた。
時間をかなり過ぎて帰宅した黒曜は、俯いて固く口を結んでいた。歯を食いしばっていたのだ。額にはびっしり汗をかいていた。異変に気づいた私と琥珀は何があったのかと問いつめた。黒曜はしぶしぶ先輩に突きを入れられたと告白した。防具の無い肩の付け根のあたりだ。酷い痣になっていた。明日になればもっと腫れるだろう。すでに右腕は上げられない状態だった。

医者に連れて行くと言う琥珀と、学校に怒鳴り込みに行くと息巻く私を、当の被害者である黒曜は必死で止めた。
『だって、俺なんかが先に昇段したから. . . . . . 』まだ一年なのに、と呟く。
『バカ!黒曜は小学生から町の道場にも通ってるんだから部活だけの奴より先に昇段して当たり前でしょ!ヒガミでこんな怪我させられて!』私は理性が吹っ飛ぶくらい怒っていた。私の、私の弟を、許さない!
『黒曜、誰がやったんだよ。俺にだけは言えよな?禁止手の突き使う奴に遠慮なんかいらねぇしな?剣道三倍段だぁ?防具なしで正拳受けさせてやるよ』両の拳を打ち付けながら、琥珀は冷ややかに言った。かなり怒っているのだ。
『琥珀兄ィ、優等生が何言ってるんだよ。受験生なんだから止めろよぉ。留璃子ネエも、俺がチクリだって思われるだろ. . . やめろよ二人とも。やめてくれよ』黒曜は困惑したように俯いた。やめてくれ、やめてくれ. . . と繰り返し呟いた後、固く結んだ唇から言葉が漏れることは無かった。

その後、姉弟四人で行ったカラオケで主役の黒曜は一曲も歌わなかった。歌えなかったのだ。来週に変更しようと説得する私と琥珀に、黒曜は大丈夫だと言い続けた。
カラオケが大好きな兄の、いつもと違う様子を不振に思った金剛に"お祝いに歌ってやるパーティだ"と納得させ、私と琥珀は馬鹿みたいに騒いだ. . . 私が不器用に貼った湿布を当てたまま、黒曜じっと我慢をしていた。たまにおチビおチビと金剛をからかいながら。酷く痛むだろうに、それでも弟の前ではそぶりも見せないのだ。

. . . . . . 黒曜、年末にでも第3子が産まれるってのに、未だに別居生活を送っているのだろうか?
私が、もっとしっかりして. . . . . .

「すぅぎやまさぁ〜ん!!」
大声で名前を呼ばれ、私は思わず携帯を落としてしまった。
カツン、コン、コン。黒いアスファルトに、真珠色の携帯と、ストラップにしているゴールドのチェーンが転がる。アクセントに付けているティファニーのチャームが、地面で跳ねた勢いで液晶を叩いた。
その音は静かな駐車場に酷く響き、私の頭に木霊を残した。

「椙山さぁん!ここ暑くない?ベンチ、これば良いのにぃ!」大きな人影が覆い被さるように私を見下ろしいた。
「児玉さん?」私はのろのろと答えた。
「売店から、椙山さんの姿見えたんだけど、ちっとも戻って来ないからどうしたかな?とか思ってぇ!」
「あ. . . そう」
「ねね、メル友とかしてるの?」児玉さんは言うより早く私の携帯を拾い上げると、無遠慮にメール画面を眺めた。
「あの. . . 」私は彼女に向かって手を差し出し、返してくれと無言の催促をする。
児玉さんは私の様子を気にも留めず、次はリンゴや像のモチーフを一個づつ指先で弾いて遊び始めた。
「椙山さんの旦那さん、背高くて可愛いよねぇ?若いしぃ、優しそうだしぃ、ねね、もしかしたらお坊ちゃん?お坊ちゃんでしょ?」
「え?別に. . . 」
「で、そっちは誰?」児玉さんはにやりと笑うと、やっと私の手に携帯を戻してくれた。
「は?」
「だからぁ、メール、誰から?」
「. . . 弟ですけど」
「きゃははははぁは!」突然笑い出すと私の背中をバシバシ叩いた。「おっとうと?なになに?椙山さん若い子好きなんだぁ!やっぱ男は若い方が良いよねぇ!女同士の秘密!弟ね、お・と・う・と!」
. . . . . . . . . この人、何言ってるんだろ?
「だけど私なんてぇ、もっと若いよ、彼ぇ!15才!!30も若いのぉ、まるで子供みたいで可愛いいのぉ!」
子供って、自分の娘の同級生でしょ?"子供みたい"じゃなくてまんま子供じゃん。
「最初、告られた時はちょっとって引いたけど、彼ぇ、あんまし真剣だからぁ、私もツイね」グローブのような逞しい指を胸の前で組うっとりと語る。白髪まじりのゴワゴワとした髪は寝癖の付いたまま。明るい所で見ると荒れた肌の口元の無駄毛がますますヒゲに見えた。児玉さんの性別を知っていても、女装しそこねたオカマさんにしか見えない。そう考えて否と心の中で首を振った。私の知っているオカマバーやクラブのお姐さん達はとても自分を磨いていた。外見だけでなく内面も。

聞きたくなくても教えてくれる内容によれば、外泊許可で帰宅した児玉さんは娘さんを迎えに来た少年を偶然見掛けたらしい。その時、少年は児玉さんにだけ聞こえる声でこっそりと愛を告白したと言うのだ。病院に戻ってからも少年から日に何度か愛を囁かれると語る彼女の姿は恐ろしいくらい真剣だ。

なまじ誰も来ない場所を選んだだけに、助けが期待出来ない。彼女を振り切る力も無い。

袋のネズミ. . . 言葉が頭に浮かぶ。





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Author:kyorori
登場人物、治療内容、医療機関は全くのフィクションです。病院やお薬について、仮にも参考にできたらな?と訪れて下さった方には申し訳ありません。ゴメンナサイ。

葛藤や苦しみは限りなく本物で、この小説を自己発散の場として使っています。実話より小説の方がより表現しやすいと考えての行動で、もし少しでも理解して頂けたら幸いです。

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