シーン4-10 "ホテルカリフォニア"
*警告*このブログには自殺、流血、薬物、飲酒、精神病治療のシーンが含まれます。自己の責任で対処できる方、小説と現実の区別がつく方のみ閲覧して下さい。
ランクルの助手席に乗るのも久しぶりだ。
約束通に迎えに来た祐輔はご機嫌で私に『運転してみる?』なんて冗談を飛ばした。
九月も末日なのに眩しい太陽はクラクラと目眩を誘う。私はシートベルトを装着するとシートを少し倒した。
「すっげぇ良い天気。瑠璃このままドライブしながら帰らない?竹島あたりで車停めて、海に出て少し歩くってどう?」祐輔は期待を込めた眼差しを向ける。
無理、無理、無理、絶対無理。
目を閉じ動悸が治まるのを待つ。冷や汗が首筋を伝い落ちる。
「家に、帰りたい」ようやく声を絞り出した。
「あ、そっか。久しぶりだもんな、早く帰りたいよな!」OK、と祐輔は軽く受けおう。
車は真っ直ぐ自宅マンションのある名古屋市覚王山を目指した。
訳の分からない緊張はどんどん高まり、言いようの無い不安も強くなる。首から背中にかけて筋肉が強ばり、知らず知らずの内に拳を握っていた。話し掛ける祐輔に、私はまともな返答が出来なかった。
「瑠璃?眠いの?」信号待ちで、祐輔は私の顔を覗き込んだ。この交差点を曲がった先にインターの入り口がある。
「ん. . . 眩しい」曖昧に答える。
「そっか、寝てて良いよ。着いたら起こすから」祐輔はバンプ・オブ・チキンのCDを止め、FM曲にチャンネルを合わせた。
ラジオ局のDJは懐かしい名曲をあなたにプレゼントすると言った。
軽快なソウルのリズムが流れる。アース・ウィンド・アンド・ファイアーの大ヒット曲だ。
「九月にセプテンバーなんて、単純過ぎじゃねぇ?」と祐輔が笑う。
私はダシュボードに入れっ放しにして置いた眼鏡ケースを取り出した。普段使わない古いレイバンを掛ける。目元の皺が少しでも隠れるだろうか?
自宅までの距離は四十五分、我慢、我慢しろ。落ち着こうとすればする程、心臓は早鐘を打ち不安が腹の底からゾワゾワと沸き上って来る。
外泊用に渡された安定剤を飲もうか?
筋弛緩効果のあるこの薬を飲めば体の強ばりは解け、ぼんやりと眠たくなる。緊張や不安も少しは和らぐ。
だけど『外泊用』の薬を『外出』途中で飲んでしまって良いのだろうか?
外泊ではなく外出にしたら?無理はしないで少しづつね?と念を押す磯崎医師の姿がチラチラと思い出される。
どうしよう、祐輔はなんて思うだろう。
心配する?びっくりする?呆れるかな?
バッグを握りしめる私の手はじっとり汗ばんでいた。
どしよう?愛用のエヴリンドゥのアウトポケットに入っている小さな薬袋を取りだし、小さな錠剤を手のひらに落とす、ペットのエビアンを口につけ. . . . . . . . . 。
祐輔が身を乗り出しボリュームボタンを押す動きにハっとする。スピーカーから私の耳に飛び込んで来たのは哀愁を帯びた音楽だった。
「オンナダアクハィウェイ〜コゥル. . . 」甘いボーカルに祐輔の歌声が重なる。
「あ、うるさい?ホテルカリフォニア好きだし、歌って良い?」前方の道路を見たまま照れくさそうに言う。
「うん」私はぼんやりと答えた。
祐輔はニッコリ笑うと再び歌い始めた。彼にしては高音域で抑えめの声。
「ウェルカム ツゥ ザホテルカリフォニア〜」
切なく美しいメロディと、聞き慣れた祐輔の声が車中に溢れる。
祐輔の発音は意外なくらい奇麗だ。学部は工学科だけれど、子供の教育の賜物だろう。家の近くの教会に幼いよちよち歩きの頃から中学まで通わせていたと、義母から聞いた事がある。祐輔君ならTOEICのリスニングで満点取れるんじゃないか?と弟の琥珀も評価していた。
新婚旅行でオーストラリアのポートダグラスに訪れるまで、私は祐輔がバイリンガルだと知らなかった。
『海外だし、女性をエスコートしないとね?』照れながらも得意げな表情をする祐輔に、思わずキスしてあげたんだった。その夜ニューイヤーを祝う真夏の花火を眺め、一生の思い出を作れたねと二人で寄り添った。遥か昔の出来事みたいに感じる。あれからまだ四年。
歌声は続く。
カラオケで聴いてたのとは雰囲気が違う?どことは言えないけれど、胸に響く。
歌詞は告げる。
ようこそと。
囚われの身なんだと。
自分で選んだことだと。
眩しい空に鳶が舞う姿を見つけ、三河湾の方向を知る。深い緑の向こうにチラチラと漏れる眩しい光が海岸線なのだろう。
歌詞は告げる。
チェックアウトは好きに出来る。
けど離れる事は出来ないよ。
<ネバァ>永遠に。
いつの間にか海岸線を過ぎ、前方には巨大なビルがポツリポツリと姿を現す。緑の山も後方に去った。風景は、四角い建物と工事を待つ更地の殺伐としたものへと変化していった。
滲む涙を落とさないように、サングラスを拭く振りをして目元を押さえた。バッグのサイドポケットから薬を取り出すと、水と一緒に喉に流し込んだ。
「瑠璃?」高速運転中の祐輔は、目線だけでチラチラと私を見た。
「. . . うん」
「良い曲だよね?」
「うん」
「瑠璃、もしかして感動した?」
「うん」
「へへ、瑠璃大好き」
「ん?」
「そういう、感情が豊かって言うの?瑠璃の良いとこだよなぁ〜」
「. . . 」
「大好き。愛してるよ瑠璃」
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