小説〜辿り着いたは精神病院?

資産家のお嬢様で良家の奥様。仕事良い夫、多くを持てる彼女は死の願望に取り憑かれていた。前を向き強く生きていた瞳はもう暗闇しか映さない。警告:小説と現実の区別がつかない人は絶対読まないで下さい。

シーン4-8 "ホテルカリフォニア"


*警告*このブログには自殺、流血、薬物、飲酒、精神病治療のシーンが含まれます。自己の責任で対処できる方、小説と現実の区別がつく方のみ閲覧して下さい。







ラジオ体操の音が流れ始めた。
午後一時の体操もタヤマ病院では自由参加だった。

部屋に戻ろうとして看護婦さんの笑顔と目が合ってしまう。仕方なく扉の前で立ち止まった。嫌々と怠い体を動かす。

覇気のない中年とお年寄りのラジオ体操は、とても妙な雰囲気だった。何よりもラジオ体操くらいで息を切らせてしまう自分自身を一番滑稽に思った。
ホノルルでフルマラソンを走った体力はどこへ零れ落ちてしまったのだろう?

昼食メニューに加えられたオハギから今日がお彼岸だと知った。私がタヤマ病院に入院して一ヶ月になるということだ。ろくに食事もとらず体を動かさない日々が四週間。
私はどうなる?このまま動けなくなってしまうのだろうか?

溜め息を一つ落とし鈍い動作で振り返った。
食事を一緒にする諸井のおばあちゃんと目が合う。私は頭を下げた。彼女はこちらを見るともなく、いつのようにおぼつかない足取りで自分の個室に戻って行った。

「諸井さんはお返事出来ないのよぉ!」児玉さんだ。
彼女は広いロビーの反対側から大声で言った。周囲にいる男の人より大きな体で、大きく手を振った。
私は捕まりたくなかった。
頭をペコリと下げると、慌てて自分のテリトリーである個室に戻った。

児玉さんは浴室や食事中にいつも話しかけてくる。離れたテーブルから人の頭越しに大声を出す児玉さんに閉口しながらも曖昧に受け答えていた。
彼女は噂好きで院内のゴシップを垂れ流していた。医師や看護士は元より、入院患者のプロフィールから見舞客との関係まで把握していた。児玉さんが6年もタヤマ病院に居たとしても、ここまで情報を持っていることに気味の悪ささを感じた。
この手のタイプの人間は苦手だ。
以前の私ならキッパリとした態度で退けることが出来たのにと、情けなく思う。




週末、家人に迎えられ帰宅する人達をリビングの出窓から見送った。私は振り返り、壁の大時計を見上げる。
午後二時、祐輔が来ると約束した時間だ。三階から見下ろす中庭の向こうの駐車場に、黒のランクルの姿を目で探す。

疲れているだろうから見舞いに来なくても良いと、私は心にも無いことを告げた。けれど祐輔は自分が寂しいからと約束してくれた。

待つ時間ってなんて長いんだろう。


部屋の扉がノックされる音に思わず立ち上がった。
「瑠璃」祐輔はにっこりと笑いながら私を抱きしめた。
私は慌てた。ゆっくり動く引き戸は完全に閉まっていない。
「祐輔、扉、扉」
幸いロビーに人陰は見えなかった。
「あ、ごめん。えへへ、これお土産」
彼は照れながら寿司折を差し出した。
「カニ道楽?」
「うん。瑠璃の好きなカニの太巻き買って来た。僕もまだ昼食べてないから一緒に食べよ」
コンビニのガゼット袋からペットの麦茶とヨーグルトを取り出し椅子の上に並べる。
「瑠璃、病院のご飯食べれないでしょ?」
「あ、うん」
「好き嫌い無いクセに、味に煩いからなぁ。瑠璃はグルメなお姫様だからさ」
静かな休日の午後、私達はベッドに並んで座ってた。
「じゃ、祐輔は王子様ってこと?」私は言い返した。
「え?へっへへ、そうかな?」祐輔は頬張ったお寿司を飲み込みながら、モグモグと言った。何故か照れて嬉しそうな顔をしている。

祐輔、本当に可笑しなヤツ。

もりもりと寿司を食べながら、祐輔はこの一週間の出来事をポツリポツリと話してくれた。
私も付き合いで一つ口にする。

仕事は快調に回っているけれど、祐輔の部署は恐ろしい程忙しい。全自動の風呂の湯を入れる時に栓を忘れてしまった。来年結婚する同僚から結婚式に招待された。大学の後輩から今日のサッカーの助っ人を頼まれたけれど断ったと話は続いた。

「試合、行けば良かったのに」私は言った。週末くらい外で体を動かさないと、祐輔だって参ってしまうだろう。
「だって、瑠璃に会う時間が短くなるじゃん。楽しみにしてたのに、もったいない」
彼は聞いている方が恥ずかしくなるような言葉を臆面もなく口にした。
昔からそうだ。祐輔は自分を飾らなず、言葉もありのままを述べるだけ。真っ直ぐな心から出る言葉はいつもストレートだ。
他人と距離を置く付き合いしかしない私とは違う。

お腹が膨れると祐輔は手を繋いだままの姿勢で、ベッドにコロンと横になった。腰掛けたままの私を見上げながらニコニコとしていた。
私達はしばらく話すこともせず、気怠い夏の午後を二人きり過ごした。

「瑠璃は可愛いね」祐輔は唐突に言う。

私はダブダブのジーンズに洗いざらしのTシャツを着ていた。瞳に光は無く、陽に当たらない生白い肌に化粧もしていない姿は生気が無く酷く醜い。最悪なのはそれらが気にならないことだ。
伸び放題の髪を無造作に束ねた頭を振り、私は祐輔の言葉を否定した。


だけど瑠璃は可愛いよ。呟くと、祐輔は軽いイビキをかき始めた。






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Author:kyorori
登場人物、治療内容、医療機関は全くのフィクションです。病院やお薬について、仮にも参考にできたらな?と訪れて下さった方には申し訳ありません。ゴメンナサイ。

葛藤や苦しみは限りなく本物で、この小説を自己発散の場として使っています。実話より小説の方がより表現しやすいと考えての行動で、もし少しでも理解して頂けたら幸いです。

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