シーン4-2 "ホテルカリフォニア"
*警告*このブログには自殺、流血、薬物、飲酒、精神病治療のシーンが含まれます。自己の責任で対処できる方、小説と現実の区別がつく方のみ閲覧して下さい。
ガラス張りの待合室は激しい真夏の日差しを浴び、空調の効きが悪く熱かった。
にも関わらず、私の手は冷たかった。
隣に座った祐輔は、その大きな手で私の指先を包み込むよう握りしめてくれた。そんな彼の仕草だけで以前はあれほど心暖かく感じたのに、今は手と同様心も冷たく固く凍っていた。
『タヤマ病院』はタヤマ市の丘陵地に建てられた、小奇麗な私立精神病院だった。白いタイル貼りの外観は屋上にあるここが病院だと知らせる看板さえなければ、企業の保養施設か何かと勘違いされそうだ。
”療養型の入院施設がある病院”と琥珀は言っていた。
療養って、、、、?
タヤマ市は同じ愛知県内にありながら名古屋市から高速道路で行き来する距離にあり、未だに手つかずの自然も残るのどかな土地だった。
祐輔の努める『タヤマ自動車』の本社のある市の中心部ではそこそこ街で繁華街らしき通もあるけれど、少し離れれば昔ながらの大いなる田舎だ。このタヤマ病院も緑と畑、小川と、遠くに三河湾を望むことが出来た。これで温泉でもあればちょっとしたリゾート施設としても使えそうなロケーションだった。
黒い御影石張りのこじんまりとしたロビー兼待合室は、座りきれない人で一杯だった。感じ良く観葉植物が配置され、高い天井からはシンプルなオブジェが下がっている。
顔見知りらしい看護婦さんと談笑する患者さんも居た。受付の女性まで全員がピンクの制服を着ていた。
待ち合いのなかには十代らしき人も混じっていたけれど比較的年配者が多かった。田舎町らしく、農作業の途中を抜け出して来たような姿のおばあちゃんの姿も合った。
私は伸びすぎてどうにもならなった髪をお下げに纏め、ダブダブのジーンズにTシャツを着ていた。もう身に付ける物に対する興味など完全に無くしていた。
隣に座る祐輔はラルフのポロにチノパン。刈ったばかりの髪は爽やかでまさに好青年。
この場所にもっとも相応しくない姿をしているなぁと、ぼんやり考えた。
「そうですか。尾大病院にいらっしゃった?そうですか」
院長と名乗る人物はウンウンと大げさに相づちを打った。
彼は大きな眼鏡に合った大きな顔をしていた。40は過ぎているだろうが、思ったより若い。
「で、椙山さんは、あまり合わなかったんですね。そうですか。」院長は私や祐輔の返事も聞かずに話を進める。「ウチはね、もちろん大人だけの専用病棟です。特に椙山さんみたいななうつ病の患者様に必要な設備が整っていおります。少しは騒がしい方もいらっしゃいますよ。しかし病棟は全く別になっていますので、静かに療養できます」
祐輔は不安げに身を乗り出した。
「あの、先生」
「はい?」
「治るんでしょうか?」
「はい、もちろん治りますよ」
医師のあっさりとした答えに祐輔は驚いたように念を押した。
「本当ですか?」
無理も無い。
私がうつ病と診断され治療を始めてから一年以上が過ぎていた。先の見えない暗いトンネルで出口が見いだせず、もがき彷徨っている状態がずっと続いているのだ。
医師の安請け合いなど、信じる気すら起こらない。
「治療と療養。両方の環境さえ整えば、うつ病は治って行くものですよ」院長は励ますように再び大きく微笑んだ。「ご家族、旦那様の不安は良く解ります。はい。それで奥様は入院されますか?生憎と部屋の空きが来週末までありませんので、予約されますか?」
診察と言うより極上のセールストークを聞いている気分だ。
「あ、来週. . . ?」祐輔は私の顔を見た。
「個室」思っても見なかった言葉が口をついた。
「え?」
「個室、じゃないと. . . . . . 」
院長は私達の会話を引き取る。「そうですか。個室を希望されますか」
と、いきなり受話器を取り上げ何事か話を始めた。彼は前に座る私たちに大きな笑顔を向けると片手手で受話器の口を押さえ言った。
「そうですか。個室ですか。ちょうど、今日退院される方がいらっしゃいます」
入院するともしないとも言わないまま、私の予約は確定された。
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