シーン4-1 "ホテルカリフォニア"
*警告*このブログには自殺、流血、薬物、飲酒、精神病治療のシーンが含まれます。自己の責任で対処できる方、小説と現実の区別がつく方のみ閲覧して下さい。
お腹の底からそわそわと不安が広がってく。体を満たしていく黒。
怖い。怖い。怖い。
暗闇に呑まれぐるぐると落ちて行く。
永遠に底の見えない螺旋。
押しつぶされてしまう。
体の中から押しつぶされてしまう。
暗黒の中で息がつまりもがき苦しむくらいなら、自分でけりを. . . . . . . . . 。
「瑠璃?」
突然掛けられた声に私は体をびくつかせる。
「瑠璃、どうしたの?電気も付けず?」不安を含んだ心配そうな声。
「ゆ、う、すけ?」
床にうずくまった私を助け起こそうと触れた手がビクっとした。「瑠璃、冷たい。体、冷たいよ」
部屋の灯りがパっと点いた。
柔らかな間接照明さえ眼に痛く、とっさに顔を覆う。
「瑠璃?泣いてるの?」覗き込んだ祐輔こそ泣きそうな声を出した。
「留璃子ちゃん. . . 」
後ろから掛けられた声に、私は再びビクついた。
「留璃子ちゃん大丈夫?琥珀兄ィ、留璃子ちゃん診てやってよ」
金剛の声。琥珀も居る?
醜く泣きはらした顔を手のひらで覆い隠しながら、私はリビングの入り口を振り返った。
「騒ぐなコン。お前、タオル持ってこい。留璃子ネエ、薬は飲んだ?」琥珀は長い髪を振り乱しぐちゃぐちゃな顔をしている私の姿に、眉一つ動かさず冷静に質問した。
「ソファー座れよ。祐輔君も隣に座ってやって」声色はあくまでも優しく落ち着いていた。
琥珀は私達を座らせると、自分はリビングテーブルに軽く腰を掛けた。
「留璃子ネエ、薬は飲んだか?」私の手首を軽く掴むと、辛抱強く眼を合わせた。「不安な時に飲みなさいって貰った薬だよ」
「. . . . . . 」
「一錠は飲んだ?」重ねて聞く。
私はあやふやな記憶を辿る。. . . 昼過ぎに、飲んだ?
小さく頷いた。
「そうか。偉いぞ」琥珀は励ますようにニッコリと微笑んだ。
「琥珀君、瑠璃どうしちゃったかな?」私の隣で手を握っていた祐輔は、動揺の隠せない声色で質問した。
「そうだよ、琥珀兄ィ!瑠璃ちゃん、琥珀兄ィの病院に入院したのに、なんでこんなんだ!こんなに、泣いて. . . 」
金剛は琥珀に睨まれ口を噤んだ。
「祐輔君、頓服薬持って来て。コン、お前水持ってこい」命令を出すことに慣れた人間の指示に、二人とも素直に従った。
私は差し出された薬と水を飲んだ。
パチンコ店に住み込みで働く金剛は忙しいお盆休みが明け、退院後に元気になったであろう私の姿を見に来てくれたらしい。すっかりしょげ返り、ソファーの隅にポツンと座っていた。
ローズウッドのダイニングテーブルの上に、ケーキの箱。私の好きな、大きな大きなカットのケーキ。金剛のお土産だ。
私は祐輔の膝枕でソファーに横たわった。
汗で冷たくなったパジャマ、朝から替えていなかった、を乾いたスエットに着替えタオルケットを掛けてもらった。眼を冷やすようにと当てた濡れタオルで顔を覆う。
「琥珀君。瑠璃、どうしちゃったのかな?尾大病院を元気になって退院して、まだ一週間しか経ってないのに」祐輔の沈んだ声。
「琥珀兄ィ。入院したのになんで?留璃子ちゃんは、治ってないのか?」金剛も声を潜めている。私が眠っていると思っているのだ。
「あのなぁ、治るとか治らないとか境目なんて無いんだよ。少しづつでも元気を取り戻して、いつの間にか良くなっていたって病気なんだ」琥珀は静かに言った。
「でも、瑠璃大丈夫かな?一人で家に居て」
祐輔の問いに琥珀は一旦口を噤んだ。
「そうだな、、」珍しく言い淀む。「あそこは小児精神科が混同された病棟だったからな。留璃子ネエには良くなかったかもしれない。もっと、療養型の落ち着いた所を探せば良かったんだろな」
「なんだ、琥珀兄ィ!頼りねえこと言ってんじゃねえよ!」
「静かにしろコン」
「コンちゃん落ち着いて」争いの嫌いな祐輔は必死で取り成す。「たしかにさ、子供達が可哀想って瑠璃言ってたけど、琥珀君のせいじゃないし。琥珀君のお陰で看護婦さんに良くしてもらったんだろ、コンちゃん?」
「. . . . . . 」
私は弟達に醜態を見せた恥さえ感じなくなっていた。姉として、高倉家の長女として、弱みを見せる事を良しとしなかった私が。
「ごめん、コン。ごめん、琥珀」私は横になったまま口を開いた。閉じた目蓋から再び熱い物が流れるのを感じる。幸い濡れたタオルが全てを吸い取ってくれた。
「ごめん、祐輔。私、もうどうしたら良いか解らな、い. . . ごめ. . . . . . . . . 」
「瑠璃?何、謝ってるの?」祐輔は戸惑いながら私の髪を撫でた。
「瑠璃子ネエ、謝るなよ。留璃子ネエは病気なんだ。謝ることないぞ」
琥珀の安心させる口調にも、私の心は反応しなかった。
あちらこちらへ電話をした琥珀は一枚のメモを差し出した。
翌朝、祐輔は又仕事を休み私を病院へと連れて行った。
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