シーン3-5 "ザ・プリズン"
*警告*このブログには自殺、流血、薬物、飲酒、精神病治療のシーンが含まれます。自己の責任で対処できる方、小説と現実の区別がつく方のみ閲覧して下さい。
列、列、列。
尾張大学附属病院精神科病棟では何をするにも列を必要とした。
朝食の配膳。下膳と朝食後薬。午前の外出届け。昼食の配膳。下膳と昼食後薬。食堂兼ロビーで行われる午後の検温。午後の外出届け。夕食の配膳。下膳と夕食後薬。そして就寝前の睡眠薬か安定剤、人によっては抗精神薬。その度に気だるい列が出来、少しづつ進んでいく。
他所の病院でも同じことなのかな?
手つかずの夕食を看護婦に見せワゴンに返すと、私は自分の名前の記された薬袋を受け取った。
小さなテーブルの前に立つ看護婦はまだ若く二十歳をわずかに超えたばかりだろう。自分が他人の目にどう映るかよく知っているタイプの美人で、手足の長いすらりとしたスタイルに色白の愛らしい顔をしていた。彼女は浮かべた不満を隠そうともせず、患者と一言も言葉を交わすことはなかった。
金曜の夜勤。祝日と重なる三連休の初日、若い彼女が大いに不満を持つのも無理は無いだろう。
けれども. . . . . . . . . 。
その人を人とも思わぬ態度に擦り切れた胸が小さく痛む。
. . . 私ったら何を今更。尾大に入院が決まった時点でこんな扱いを受けるんじゃないかって、なんとなく予想していたってのに。
決して目を合わそうとしない奇麗な顔に小さく礼を述べ、ちょうど空きができた電話ボックスに入る。
赤い木枠にガラス張りの場所は夜になると大いに混み合った。携帯の持ち込みを許されない精神科の入院患者にとって唯一の外界への通信手段だから。
電話番号を押す単純な作業を二度もやり直しをしてしまう。ようやくつながった電話の向こうから、携帯会社の伝言転送サービスが聞こえた。
『ただ今電話に出られません. . . . . . 』
ああ、祐輔今日も残業. . . 10日も仕事を休んだんだもの無理は無い。
それでなくともタヤマ自動車本社勤めはハードワークで知られていた。
祐輔と話せないことに寂しさを感じつつ、今時公衆電話を使う不便さを煩わしく思った。
ボックスの扉を開け外に出ると点滴をぶら下げた女の子が順番を待っていた。点滴台の大きなネジにキティちゃんのピンクの巾着袋を下げている。既に着替えた寝間着もキティちゃんだった。真夏なのに厚手綿ネル生地長袖のパジャマを着ていた。着丈はちょうど良いのに点滴チューブの続く襟元はブカブカだった。パジャマから覗いた細い手足が痛々しく見えた。
扉を押さえていてやると、彼女はチラリとも私の方を見ず真っすぐテレカを差し込んだ。
その夜は珍しく寝付きが良かった。そして寝覚めも早かった。
夜明け前、否まだ1時過ぎ、真夜中だ。眼が開くと、再び眠りは訪れてはくれなかった。
10時就寝の生活で寝付きの悪い人がそろそろと眠りにつく頃、私はソっとベッドを抜け出した。
行く場所など無く明かりの落とされたロビーになんとなく向かう。詰め所の明かりの中に看護婦さんの姿は見当たらず、ずっと離れた窓際のソファーに座った。
巨大な窓のカーテンは閉められず柱の脇でくくられていた。そのボリュームのある生地の陰に半ば隠れるように潜り込むと詰め所から完全に死角となった。
私はそこで夜が明けるまで星の見えない空を眺めていた。
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