シーン3-1 "ザ・プリズン"
*警告*このブログには自殺、流血、薬物、飲酒、精神病治療のシーンが含まれます。自己の責任で対処できる方、小説と現実の区別がつく方のみ閲覧して下さい。
「お願いします」「お願いします」久しぶりの主治医との挨拶。
高橋先生は封書を開けると、表情を変えず内容に目を通す。一酸化炭素中毒の治療を受けた藤波総合病院から預かったものだ。
彼は書類を読みながら言った。「この東中央病院には精神科の入院施設、無いんです」
「あ、そうですか」付き添いの祐輔が答える。
医師は顔を上げると、私と祐輔の顔を順に見た。「で、どこにしますか?」
「え?」医師の問いに私と祐輔は同時に反応した。
「どこか希望の病院ありますか?」
. . . . . . . . . 希望の病院って?
「あの、解らないんですけど. . . 」祐輔。
「そうですか。では、東衣精神病院にしますか?」高橋医師はノートサイズの手帳をめくった。「紹介状、書いときますんで予約取って下さい」とまどう私達に、もう話は終わったとばかりに机に向かった。
「瑠璃ちゃん. . . 瑠璃ちゃん. . . 瑠璃ちゃん. . . . . . 」「うん、金剛」「瑠璃ちゃん. . . 瑠璃ちゃん. . . 」「コン、もう大丈夫だから」
かれこれ三十分はこんな会話を続けていた。
私の様子を見にやって来た琥珀と、金剛がばったり行き会ってしまった。勘の鋭い金剛は私たちの様子を見て何かあったとピンときたらしい。カマをかけられた祐輔があっさりと私の入院. . . 私の失敗、. . . 自殺未遂を話してしまったのだ。
「はいはい、そこまで」琥珀は私の手を握りしめベソをかく金剛を引き離した。
「だってよぉ. . . 琥珀兄ィ、何で俺に教えてくれなかったんだよぉ」琥珀は不満たらたらと口を尖らす。「琥珀兄ィ、自分は医者だからって特別なのかよ!俺だって瑠璃ネエのこと心配してるんだぞ!」
「悪かったって。コンがワンワン泣くとさ、ほかの患者に迷惑だと思ったの。配慮?ってヤツ?だから、もう機嫌直せ」
「バカ琥珀!俺はそんなんじゃねぇぞ!」
私は口を挟んだ。「ごめんね、コン」
私はなんて姉だろ、、弟たちにこんなに心配かけて。本当なら長女の私がママに代わり兄弟の面倒をみてやらなければいけないのに。
「ちげーって!俺、琥珀兄ィに言ったんだぞ。冷たいってさ」キっと居直るとパンチを繰り出した。琥珀はそれを両手で大げさに受け止める仕草をした。「お子様の面会は〜ご遠慮下さい〜」アナウンス口調でからかう。
「っせぇぞ!バカ琥珀!」「はいはい、コンはお利口さんだよな?子供なだけで」「ああ!ムカツク」
ソファーでに座り二人の様子を見ていた祐輔がハハハと笑う。「仲良いなぁ」
じゃれつく金剛をあしらい、琥珀は壁の時計で時間を確認した。「お、コンそろそろピザくる時間だ。皿出しとけ」
「あ、ウンわかった」素直に従う金剛の後に祐輔も続いた。「コンちゃん!僕も手伝うよ。メロンの食べ頃って解る?」
祐輔、手伝うって. . . . . . 自分の家でそれは?
「留璃子ネエ」琥珀はやれやれと立ち上がり私の隣に腰掛けた。「東衣精神病院のことだけど」
「ん?」私は一つ年下の弟を見た。態度には出さないけれど少し疲れた顔をしていた。
先週は名古屋市郊外にある外科医院に臨時勤務したらしい。先輩にあたる医院長が休暇で海外ゴルフをする代理だそうだ。他に夜間勤務などこなしているのだから疲れて当然だろう。しかも時間を作り私の見舞いにも来てくれた。
「あそこは止めとけ」琥珀は柔らかいがキッパリとした口調で言った。
「え. . . ?」「東衣精神病院は、留璃子ネエが入院するようなトコじゃねえ」「. . . ふ〜ん?」「もっと重症な患者を収容する病院なんだよ」「そう. . . なんだ」「俺も入院は必要だと思けどな」
琥珀の言葉の意味は解らない。が、この弟の意見を聞くのは良いことは知っていた。それに入院が必要なことも。祐輔はもう五日も会社を休んでいた。私の側にずっと居るべきだと医師や看護婦に強く言われたからだ。そしてもこの琥珀にも。. . . . . . 確かに今一人になれば自分でもどうなるのか解らない。そして周囲が入院を前提に話を進めているのに逆らえない。考えるのも、判断するのも、全てが面倒だった。
「琥珀、尾大はどう?」私は適当に名前を挙げてみた。通称「尾大」、尾張大学附属病院。琥珀が卒業し昨年まで勤務していたこの地方随一の大病院だ。
「尾大か、、特に良い訳じゃないけどなぁ」琥珀は少し考えた。「まあ、尾大以外なら全大か、春州会、慈愛くらいか。他は外来だけで入院設備が無いからな」スラスラと名前を挙げていく。「この辺の私立の病院は、無理だな」
. . . . . . . . . 無理って?
「たしかに場所的には良いな。」琥珀はキッチンを振り返った。祐輔と金剛の賑やかな声が聞こえる。琥珀の涙はようやく止まったらしい。「祐輔君の会社からなら、環状線使えばワリと便利だな?」
「あ?、、そう?」
「ああ。湾岸道を環状線に乗り換えて. . . 三十分くらいじゃないか?帰りなら西向きは意外と走るからな」
「. . . . . . ふーん?」
エントランスからの呼び出し音に会話を中断された。『ピンポ〜ンピンポ〜ン』
「ピザピザピザ」キッチンから琥珀が顔を出し、受話器に手を伸ばす。「ハイハイ、今開けますよ〜ん」
ピザを囲み満足し雰囲気が和んだところで琥珀が私の治療について話しをした。留璃子ネエは入院して休ませてやる必要があると、年下の二人に言う。祐輔も金剛もウンウンと聞いていた。
私はピザに手をつけずサラダをつつきながらぼんやりして居た。. . . . . . 自分のことなのに人ごとのようだと思うと情けなかった。改めて、三人の表情をチラチラ見る。私なんて放っておいてくれればいいのに. . . 私なんか. . . 私なんか. . . . . . 。
朝、未だ八時を過ぎたばかりの時間なのに駐車場は満杯になりつつあった。向こうにあるJRの駅からは、電車から吐き出された人々の姿が見える。皆、同じ方向を目材していた。
電車の窓からも環状線を走る車中からも、偉容を誇るその姿は一際目立って見えた。南北に伸びる大きな翼と中央の円形タワー。全身を白いタイルに覆われ曇天の下輝く巨大建築は周囲を威圧していた。
尾張大学附属病院は閑静な住宅街にある巨大な象牙の塔だった。
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